拍手が入った見事な一夜のパフォーマンスの記録おすすめ度
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ライヴ・パフォーマンスの記念碑的な録音は、当然ジャズに無数にある。思いつくままに、グッドマンのカーネギーホール・コンサート、ファーゴのエリントン、マッセイホールのパーカー&ガレスピー、ゴールデンサークルのコールマン、5スポットのドルフィー&リトル、ヴィレッジヴァンガードのエヴァンス/コルトレーン、シャンゼリゼのミンガス、デイヴィス+トニー・ウィリアムズの一連のものなどなど。
この一夜のエマールのコンサートは、リサイタルなどという言葉より、ライヴという言葉がふさわしい鮮烈なもの。「後で手を加えた部分はほぼゼロ」というのも潔い。聴衆の熱狂的な反応もこれに華をそえている。これほど充実した記録がこれまで「クラシック」音楽の録音であっただろうか。思い出せない。これに比べれば、ホロヴィッツのものなど学芸会的。カルメン変奏曲なんかやっちゃって(失礼)。
音を音として、「精神性」など入り込む余地なく聴かせてくれる、歴史的にみてもも貴重な1枚。(ヴァントのライヴなど拍手を消す慣行はやっぱり変だと思う。)
ベートーベンが現代音楽におすすめ度
★★★★★
現代音楽の得意な凄腕のピアニスト・エマールの入門に最適なCD。ベートーベンから、リスト、ドビュッシーを経由して、メシアン、リゲティに至るプログラム。透明感のあるピアノで、鮮やかな演奏。メシアンや、リゲティもドビュッシーと同じように楽しめる。ここで、裏技を一つ紹介したい。最初にリストから聞き始めてから、冒頭にもどり、ベートーベンの熱情を最後に聞く。そうすると、鋭い演奏の熱情がリゲティなどと変わらない現代音楽に聞こえる。そう、熱情が誕生した時の人々の新鮮な感動が味わえる。
概要
エマールというと、あのデュトワがN響音楽監督に就任してまだ間もないころ、メシアンの「トゥーランガリラ交響曲」のピアノパートのソリストとして来日したときの、目からウロコが落ちるほどの凄絶な――異常な集中力と狂気の虜(とりこ)と化したような――あの名演を思い出す。あれ以来、エマールがこうした形で圧倒的な実力の全貌を現わしてくるに違いないと、ずっと待っていたような気がする。 その待望のリサイタル盤の登場である。まず冒頭のベルクのソナタからして最高の出来。水晶のように深く透明な音色の何と際立っていることだろう。こうして聴くベルクのソナタは、いまや完全な古典と感じられるほどわかりやすい。いささかの曖昧(あいまい)さも難解さもなく、ぎっしりと中身の詰まった濃厚でロマンティックな情緒を堪能できる。
続くベートーヴェンの「熱情」の青白く燃え上がる情念、リスト「2つの伝説」第2番の聳え立つような英雄的表現、リゲティの練習曲3曲の明晰から混濁までも完全にコントロールしきった神業的超絶技巧、メシアン「幼子イエスに注ぐ20のまなざし~第11曲」の妙音を駆使した目も眩(くら)むばかりの色彩美、そしてドビュッシーの「水の反映」「金色の魚」「12の練習曲~第6曲」での冴えに冴えた霊感の閃き!
もしかしたら、エマールは宇宙人ではないだろうか? すべての音が濡れた金属のように超越的輝きを放つこの奇跡的演奏は、聴けば聴くほどに驚嘆の度合いを増すばかりだ。これが、咳のノイズを取り除く以外はまったく無編集のライヴだとは、信じ難い!(林田直樹)